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軽井沢散歩:2015  矢ケ崎公園

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●朝の涼しい散歩です。 台風まえで晴天です! 矢ケ崎公園 大賀ホール

Paul  Klee:だれにもないしょ

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●スイス・ベルンからクレーの作品たちが やってきてくれました。 森の中のさわやかな宇都宮美術館です。 Claes  Oldenburg パウル・クレー ( Paul Klee 、 1879年 12月18日  -  1940年 6月29日 )は 20世紀 の スイス の 画家 、美術理論家。 ワシリー・カンディンスキー らとともに 青騎士 グループを結成し、 バウハウス でも教鞭をとった。その作風は 表現主義 、 超現実主義 などのいずれにも属さない、独特のものである。(WIKI) パウル・クレー・センター その半生をベルンで過ごしたパウル・クレー作品の約40%にあたる4000点以上所有する大規模な美術館。1940年のクレー死後、彼の作品はベルン美術館※に収蔵されていたパウル・クレー財団のコレクションと、クレーの息子であるフェリックス・クレーのプライベートコレクションの2か所に保管されていましたが、2005年6月にオープンした「ツェントルム・パウル・クレー(パウル・クレー・センター)」に、集約しました。膨大なクレー作品をさまざまなテーマ、革新的なアプローチで紹介する意欲的な企画展を開催しています。(HP) ほとんどはじめて見た作品でした。 ある音楽家のための楽譜 無題[子供と凧]  快晴 天使、まだ手探りする 燭台 ●この作品には思い入れがあります。 私が子供の頃から絵ハガキで、 ずっと長い間持っているものです。 現物に巡り合うことができ感動をおぼえました。

フィラデルフィア美術館浮世絵名品展:特別展  錦絵誕生250年

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●里帰り展です。 写楽の黒雲母摺大首絵 しぶくて素敵です! ベースのグレイがおしゃれです! 大判錦絵10点 東洲斎 写楽 (とうしゅうさい しゃらく、とうじゅうさい しゃらくとは、 江戸時代 中期の 浮世絵師 。約10か月の短い期間に 役者絵 その他の作品を版行したのち、忽然と画業を絶って姿を消した謎の絵師として知られる。その出自や経歴については様々な研究がなされてきたが、現在では 阿波 徳島藩 主 蜂須賀家 お抱えの 能役者 斎藤十郎兵衛 (さいとう じゅうろべえ、 宝暦 13年〈 1763年 〉 -  文政 3年〈 1820年 〉)とする説が有力となっている。 大首絵 (おおくびえ)は、主に 江戸時代 に描かれた 浮世絵 の様式のひとつで、 歌舞伎 役者や遊女、評判娘などを半身像や胸像として捉えて描いた浮世絵版画を指す。役者の演じる表情や遊女の美貌を間近で鑑賞したいという要求から生まれたものである。(WIKI) 三代目大谷鬼次の江戸兵衛 1794  三代目市川高麗蔵の志賀大七  1794 四代目岩井半四郎の重の井 1794 やつし芦葉達磨   鈴木晴信 1765-67 富嶽三十六景 凱風快晴 葛飾北斎 1830-32

鴨居玲展:踊り候え

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●東京ステーションギャラリーです。 ●鴨居 玲 (かもい れい、男性、 1928年 2月3日  -  1985年 9月7日 )は、 石川県 金沢市 生まれの 洋画家 である。社会や人間の闇を描いた画家であった。(WIKI) ● 金沢出身の画家、鴨居玲は、自己の内面を掘り下げた精神性の高い作品を描き続けながら、1985年、57歳で急逝しました。独自の画風で表現された作品は、現在でも多くのファンを惹きつけてやみません。没後30年を記念した本展では、油彩の代表作をはじめ、素描、遺品など約100点を一堂に展示し、その画業を回顧します。 (HP)  静止した刻1968 1982  私 これだけの大きな絵を100点以上描くのは、 とてつもないエネルギーが必要だと思います。 そのなかで、教会シリーズは 人物画とは対比的に 静謐な輝きを放っています! 私には象徴的なちいさな十字架が とても印象的でした。 パリ郊外の教会  1960 教会  1978 教会1976

高松次郎:制作の軌跡

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●東京で見逃した高松次郎展です。 大阪に国立国際美術館をたづねました。 挑戦の軌跡がテーマにそって時系列で 展示されています。 高松次郎(1936-98年)は、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻を58年に卒業後、61年から読売アンデパンダン展において作品を発表し、62年には中西夏之、赤瀬川原平とともに美術家集団、ハイレッド・センターを結成してハプニングを行います。60年代中頃からは国内の美術展において受賞を繰り返し、国外でもヴェネチア・ビエンナーレ(68年)、ドクメンタ(77年)において、日本を代表する美術家として紹介されました。高松の名は以後広く国内外に知られます。 高松の制作活動は、技法や素材を限定せず、シリーズ作品を展開させる特異なものでした。「点」、「影」、「遠近法」、「単体」、「複合体」、「平面上の空間」、「形」など、複数のシリーズの連続としての高松の仕事は、総じて現実の世界と視覚的認識のずれに関わります。高松のそうした試みは60年代における人間中心主義を終わらせ、言葉とものの関係を構造的に考える70年代美術の端緒を開きました。 2000年頃からは回顧展を含む美術館での個展が数回開催されます。全ドローイング集、著述集も出版されました。未公開のままアトリエに保管されていた作品も多数紹介され、近年高松の実像は急速に明らかになってきました。 本展は、こうした現状を踏まえながらも、絵画、版画、立体作品のみならず、ドローイング、書籍・雑誌の装幀、絵本の挿画、さらに記録写真などを再調査した上で、展覧会の構成を検討した結果としての回顧展です。企画上、特に留意したのは、日々アトリエで制作されていたドローイングを、思考の変化を微細かつ総合的に示すものとして重視した点、装幀と挿画の仕事を制作時期が特定可能な公開作品として扱った点、記録にしか残っていない作品も含めて、実際の制作状況を推論した点です。 出品作品は、絵画・立体作品・版画約90点、ドローイング約280点、書籍・雑誌・絵本約40点、そして記録写真約40点。広く知られている完成した美術作品からだけでは把握しがたい高松の制作活動の変化や広がりを、時間軸に沿って、ほぼ1年ごとの推移として明らかにしようと試みます。(HP) 女の影  油彩・キャンバス  1984

金刀比羅宮のたからもの

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●昔も今も、こんぴらさん。 金毘羅さん参道階段 ●2008年 [こんぴらさん]展 ギメ美術館 ギメというとパリか! ちょっと遠いななんて思いながら、 あのころ JR恵比寿駅のポスターを見ていました。 ●伊藤若冲の「花丸図」は、 金毘羅さんの奥書院にあり通常 非公開です。 ここまで言われると、 今回は大阪に出かけなければ いけません。 ●やっと思いを遂げることが できました。 伊藤若冲[花丸図]明和元年  1764 伝狩野永徳 [富士山杉樹図屏風] 安土桃山時代 司馬江漢 「扇面旭日鶴亀図」 江戸時代 丸山応挙 [遊虎図] 天明7年 あべのハルカス美術館  16F 外観デザインに関しては、ペリ・クラーク・ペリ・アーキテクツ代表の シーザー・ペリ が監修を務めた。